本当の園芸は牧歌的な世捨て人のやることだ、
などと想像するものがいたらとんでもない間違いだ。やむにやまれぬ一つの情熱だ。(カレル・チャペック「園芸家12ヶ月」)
園芸家、ガーデナーに関するエッセイのなかで、
不動の人気を誇る「園芸家12カ月」。
チェコの小説家カレル・チャペック氏の作品で、1929年に出版されています。
約100年前に執筆された本なのに、2020年に新装版がでたぐらい愛され続ける。
その秘密とは?
植物愛好家の心の声をユーモラスに代弁
多くの栽培の本は無機質だし、植物に関する随筆は賛美にあふれて品行方正。
ところが、「園芸家12カ月」は、植物愛好家の破天荒なふるまいや自分勝手な心の声が、ユーモアたっぷりに描いてあるのです。
たとえば、
少しでもご利益があるものだったら、園芸家は毎日ひざまずいてこう言ってお祈りをするに違いない。
神様、どうぞ毎日夜中から午前3時まで、土の中によくしみ込みますよう、ゆっくり雨をお降らせくださいますよう。ただし、ムシトリナデシコだとか、アリッサムだとか、半日花、ラベンダーだとかいったような、全知全能のあなた様が乾燥を好む植物としてご存じの植物には、雨をお降らせくださいませんよう。お望みでしたら、一枚の紙に書いて差し上げますでございます。
なお、一日中、日が当たりますように、どうぞお願いいたします。しかし、どこもかしこも、同じように日が差しませんように。たとえば、スパイレアやリンドウなどには、日があたりませんように。ギボウシとローズデンドロンにも日があたりませんように。なお、日差しはあまり強すぎますと困ります。
それから、うんとたくさん露がいただきとうございます。風は少なく、ミミズは十分に。アブラムシとカタツムリとうどんこ病はお与えくださいませんように。1週間に1度、薄い水肥とグアーノお降らせくださいませ。
アーメン。
だって、エデンの園では実際その通りだったに違いない。そうでなかったら、エデンの園にあんなに草木がよく茂るはずがない。
どう思います、諸君。
きっとそうですよ、カレルさん。
こんなこと思うのは私だけじゃなかったんだ、と、同士を得た満足感にひたる。
これが、「園芸家12カ月」の大きな魅力の一つです。
園芸家二人の愛と情熱の合作
植物好きの心が、これほどまでに良くわかるチャペック氏。
それもそのはず、ご本人も園芸家。「園芸家12ヶ月」には、280種類の草花の名前がでてきます。
挿絵にまた、このうえなく魅了されます。
白黒で静止画なのに、流動的で自由な曲線のせいか、色彩豊かなアニメーションのように見えてきます。その雄弁な挿絵だけを見ているだけでも楽しくなってくる。
この挿絵をかいているのは、画家のヨゼフ・チャペック氏、カレルのお兄さんです。
ヨゼフ・チャペック氏も園芸家。「ロボット」という言葉は、カレルの造語といわれていますが、カレル本人はヨゼフが真の発明者だとしています。
園芸熱感染にご注意!
あつい園芸への情熱。
これを、チャペック氏は園芸熱とよんでいます。
どうやって感染するかというと、たとえば、1本の花を植える。
「そのとき、指のどこかに傷をしていてそこからでも入ったのか、とにかく血液のなかに少量の土が入りこんで、そこから一種の中毒、炎症をおこした。つまり、園芸熱というやつにかかったのだ。」
もっと簡単に園芸熱にかかってしまう方法があるのです。
それが、本書を読むこと。
植物にまったく関心のなかった人々が、「園芸家12カ月」を読んでしまったために、次々とガーデニングに目覚めていく。しかも、百年後の人々が。このことをチャペック氏は想像していたでしょうか!
3つの訳本と関連動画
国内では、3人の翻訳家による訳本があります。
ドイツ文学者の小松太郎氏による「園芸家12カ月」(中公文庫)が名訳。
この記事で引用しているのも、小松氏による訳です。
エーリッヒ・ケストナーの「エミールと探偵たち」の訳で知られる小松氏。
文章に躍動感があっておすすめ。1959年に出版、2020年に新装版がでています。
ただ、小松氏が手がけたのはドイツ語版からの重訳。
一部抜けているところもあるようです。
原語のチェコ語からの翻訳は、飯島周訳の「園芸家の一年」(平凡社ライブラリー)。
数多くのチャペック作品を訳した飯島氏。
「カレル・チャペック 小さな国の大きな作家」(平凡社新書)、チャペックの伝記・入門書も著しています。飯島氏は、チェコ文化普及の功績により同国政府から功労賞を授与されました。
もう一つのチェコ語からの訳は、「園芸家の十二ヶ月」。栗栖茜氏によるもので、海山社より出版されています。
「園芸家12カ月」の動画は見あたりませんでしたが、代わりに、チャペックの不朽の名作「長い長いお医者さんの話」をお楽しみください。
おわりに
本書の最後の段落に記された言葉。
「われわれ園芸家は未来に生きているんだ。」
「本物、一番肝心なものは私たちの未来にある。」
その未来は、きっと緑豊かで、私たちは植物と一緒に笑っている。
そんな気がしてきます。